秘密の京都 (新潮文庫)
入江 敦彦
京都では贅沢に時間を浪費すること。
京都生まれ、京都育ちの筆者が、散歩を通して歩くことで見えてくる京都の日常生活を歴史、習慣、しきたり、自分自身の小さい頃の思い出なども織り交ぜながら「洛北」「洛西」「洛中」「洛東」「洛南」と分けて「鬼や仏と戯れながら」お気に入りの散歩道を案内してくれます。「迎賓館の背中にあたる散歩道」「糺すの森(下鴨神社)」「船岡山」「吉田神社から真如堂への散歩道」「北野商店街」など京都の日常の生活や町並みが四季折々にひろがります。 早速、この本を読みながら、3回京都に行きました、生粋の京都人の筆者のような感覚を持つことはなかなか出来ませんが、それでも小さな雲に乗って、横笛を吹きながら浮遊する小さな菩薩様を見たような・・・・。 お盆の千本閻魔堂はそんな雰囲気でした。 贅沢は出来ない生活ですが、贅沢に時間は使えます。 (関西赴任4ヵ月、あと3年はいそうです。) 庭を見ること(今「京都名庭を歩く」光文社新書を読んでいます。)美術館を訪ねることが好きなので、散歩と合わせてガイドブックとは一味違った自分なりの京都の認知地図が出来ればと思っています。
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街場の中国論
内田 樹
「思いつくまま」に推論を展開した中国論
神戸女学院大学の大学院の演習での筆者の発言を中心に「中華思想」「文化大革命」など10の講義にまとめた中国論です。 筆者は院生、聴講生との「出会い」の場を通して、国境線という概念がそもそも存在しない天下がすべて中国を中心にひとつの調和した小宇宙を形成しているという中華思想を底流に歴史背景、世界情勢などを説明しながら「思いつくまま」に推論を展開します。(中国問題の専門家はいない) 第四講「もしもアヘン戦争がなかったなら」の中ではイギリスなど各国から賞賛された義和団事件の柴五郎中佐の活躍と高邁な精神。 第八講「台湾」の中での新渡戸稲造などきわめて質の高い行政官が対日感情を好転させたことなどから、国家対国家の政治外交の場、歴史の流れの中でも一人の高邁な精神の持ち主個人が大きな影響を与えうると推論を展開します。 第三講「中華思想」の中では昔は中国が世界標準だったから漢籍を学び、今度はアメリカが世界標準になりアメリカの世界戦略に協力する。 伝統的に「中華」(文化の中心という意味で)に媚びる体質を日本は持っているので現在、二つの中華にはさまれて当惑していると推論しています。(2007年4月) 2009年7月27日、米中両国は「戦略経済対話」をワシントンで開幕し「G2」の枠組みを築こうとしています。日本の当惑はさらに進展しそうです。 今回の選挙は「政権選択」選挙になります。世界も日本も変わっていくのでしょう。 中国問題の専門家がいない演習を通して、筆者はバイヤスのないその場の思いつきを大切にし「知っていることでなく、知らないこと」を書くことに情熱を傾けています。 本人のバイヤスはかかるのですから「知らないこと」を書くためには多くのことを知らなくてならないでしょう。ぼんやりとばかりはしていられないということでしょうか。
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下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち
内田 樹
他者と交換するということが人間の根源的な欲望。
「学びからの逃走・労働からの逃走」が主題です。 「学びからの逃走」の大きな原因として、30年以上前の子供たちが、家事労働を担うことによって感謝と認知を介して自己を確立していったのに対して、今の子供たちが就学以前に消費主体として、すでに自己を確立していることを指摘しています。 消費主体として強くすりこまれた意識から、本来、等価交換になじまない「学び」(教育課程として評価に長い時間が必要)にも彼らの稚拙な「ものさし」(等価交換、A=B)で対応し自己正当化(オレ的に見て)するので、教室は不快(貨幣)と教育サービスの等価交換(A=B)の場になってしまいます。 こうして、義務と勘違いされた、権利としての「学び」は放棄されてしまいます。 第4章「質疑応答」で、映画「スターウォーズ」を例に「師弟関係」の大切さ、自分の中に自分の立ち位置を外から確認できる、外部につながる開放されたドアの必要性が語られますが、稚拙な「ものさし」で自己正当化しないための重要な指摘だと思いました。 師弟関係ではないのですが、自分の小中学校時代には「偉人伝」が大きな読書分野で、「世の中には、すごい人がいるもんだ」と思いましたが、今にして思えば、あの時「自分はこうなりたい」というよりも「自分はこうはなれない(こうはならない。)」とちょっとひいたような気がします。 これって師弟関係の感覚にちょっと似てないかなあ? 野口英世やエジソンは今も本屋さんにいるのでしょうか? ルパンやシルバー船長は今も本屋さんにいるのでしょうか?(ちょっと違うか) 師弟関係のように全て自分で決めない外部へつながる開放されたドア、安易な自己正当化による「ものさし」等価交換(A=B)で終わらせない継続可能な「交換」が、多くの他者の中で絶えずおのれ自身を造型し解体しヴァージョンアップするためには必要になります。 「他者と交換するということが人間の根源的な欲望であり、他者と交換することへの灼けつくような欲望が社会制度の根本にある。」とまで筆者は言います。 自分の生き方の甘さ、いたらなさををヒシヒシ感じてしまいましたが、ちょっと明かりも見たような気もする一冊でした。 遠い昔に受けた英米法の講義で聞いた「約因」という言葉がふと浮かびましたちょっと調べてみようかと思います。
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暮しの眼鏡 (中公文庫)
花森 安治
時代を超えて伝わるものがある随筆集。
なんと、50年以上前(1953年)に刊行された単行本の文庫化。 実質をともなわない「揚げ底」や形から入ることを嫌い、全精力を傾注して「暮しの手帖」を創刊した多才で奇抜な人の地に足のついた「反骨」「辛辣」「自由」でユーモアあふれるちょっと変化球な随筆集。 大谷晃一さんの「大阪学シリーズ」で書かれている「関西人」の特徴にかなりの部分あてはまる人だと思いました。
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街場の現代思想 (文春文庫)
内田 樹
たいせつなのは「他者と共生する能力」
「他者と共生すること」の大切さとともに、「望俯瞰」「フレームの外部に向けて必死にあがきでようとする志向」というような言葉で自分自身を外部から見ることのできる思考の大切さも書かれています。 たとえば、「知識」という切り口では、自分で何を知らないかについて、知っている。「自分の無知についての知識」という視点です。 (図書館の例がとてもわかりやすい。) もちろん簡単にできることでないのですが、「現実に見たことも聞いたこともないもの」を思い描く力としての「想像力」によって可能になると主張されています。 「文化資本」「存在は固有名において呪縛される。」「受難」「死者の声が聞こえる動物」「涼しい諦念」「前ー知性的な能力」などいたるところに気になる言葉がもりだくさんなのですが、とても分かりやすく書かれています。、新しい地平が広がるようで刺激にあふれた一冊でした。
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男のための漢方 (文春新書)
幸井 俊高
西洋医学は「肉体の治療」、漢方は「生命力の治療」
こまかな知識や、処方ではなく「漢方」の考え方(バランスを重視する)に力点を置いて、丁寧に分かりやすく書かれているので話は、人生観(スローライフ)、健康観などへと広がっていく。 「自分の体の主人は自分である。」ことを再認識するとともにあるがままを受け入れる、ゆとりと謙虚さの必要性を感じた。
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娯楽・極楽・お道楽―毎日が大衆芸能〈しょの3〉 (中公文庫)
高田 文夫
ひたすら大衆芸能の日々を疾走する。
「気を確かに持って最後までお楽しみ下さい。」は寄席でしばしば、耳にする言葉。そんな言葉がピッタリの大衆芸能テンコモリの濃い1冊。 大衆芸能に賭ける筆者の情熱に感動、付いて行くのが大変でした。 (テーマ落語Ⅱ 7/10)
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