飢ゑの季節 (1948年) (新鋭文学選書)
梅崎 春生
私も不幸だけれど、 私の不幸は身体を一回転ころがしさえすれば 消えてなくなるやうなものに違ひない気がした。 やがて私は一本の材木のやうに健康な感動をなくしてしまふだらう。 そしてあの材木のやうに朽ちてしまふだらう。 そのときになつて朽木のやうな私を、どうして私は彫ることが出来るだらう。
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暗い夜の私 (1969年)
野口 富士男
私は誇るべき何ものも持たない人間であることを 自分でも知っていた。 相手が私を蹴れば、私はただ黙って蹴られているより 仕方のない人間であった。 島木さんの最もきらいなタイプの人間が文学青年で、 私がその一人である以上、その侮辱は避けられぬものであったが、 蹴られている人間にも、文学作品を通して、 蹴っている相手の顔を見る権利はある。
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読書日録大全
著者なし
深夜、静寂のなかに深く身を沈めて、 読書するときの楽しさは格別である。(菊池昌典) 梶井基次郎を読みかえしていたら、 「檸檬」のはじめのところの一節が、まるで佐伯祐三の 絵を言葉で書いているようなのに心ひかれた。(小田切秀雄) 本を前にしてさあ読むぞ、というとき、 その本が折詰みたいに思えてくる。 茶巾ずしにのり巻きに、自分の好みのものばかりが ぎっしりはいっていて、一つ残らず食べられるという、 その気持によく似ている。(尾辻克彦) 虫も這い出るスキのない攻め方、 「しかし」と相手に言わせない結論締め、 知性しか認めないという一本調子の姿勢は、 どこから出たものなのなのだろうか。 行間からにじむ彼女の優越意識に、へたへたになってしまうのだ。 男たちが腕を組んで阻止する世界を突破せんとすれば、 止むを得ないのだろうが、もし、彼女が私の近くにいたなら、 一度くらい、はり倒していたのではないか。(生江有二)
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