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ちょっとだけ読んだ感想
言葉を粗末に扱わないとなると、何も喋れなくなるし、何も書けなくなる。 漢字の一字一句が気になりだしたら、病気になる。 しかしこれは、言葉や漢字を特段丁寧に扱って仕事をしている者にとっては当たり前のことなのだろうが、頭に浮かんだままを言葉にしたり、書いたりするだけでは統一感も疎通性もない自閉症と間違われる可能性だってある。その境界を跨いで行ったり来たりしているのが、僕らの日常であるのだが。 それでも結構僕らは頭を捻って喋っているし、書いてもいる。 だから、少しは気にしたら程度に考えたらいいんじゃないだろうか。 素読、素描、なんて言葉もある。僕らの日常はデッサンで過ごしている。でも、それで終わろうとは思っていない。でも、終わってしまっていることの方が多いけど。 白川静の『漢字』を読もうと思った時点で、今までの言葉に対する姿勢を少しは正そうとしている気がする。いつも使っている言葉を多少は丁寧に扱おうという気になっているはずだ。パソコンで打ったままのテキストを放置するのを多少は避けようとしている筈だ。だって、普段お世話になっている漢字や言葉だもの。感謝を込めて見直そうよということだ。 「いい加減」「適当」「結構」「~な方」なんて誤魔化しに使っている言葉でも、語源は?となると案外気になる。はて?と思った時に、言葉に対する注意は向いている。 「自閉症」なんてさっき書いたが、自閉症の定義は複雑だ。間違って使っていると僕は気になる。黒柳徹子が、「徹子の部屋」でこの自閉症をうっかり使ってしまっているのを見て吃驚した。世間はあまり気にもとめないと思うが、自分の子供がそんな思われ方をしてると知ったらガッカリするだろう。 政治家もよくそれをする。うっかり喋った言葉尻を捕まえてジャーナリスト等が騒ぐのはその時だ。今、僕は「ジャーナリスト」で切ってしまって「等」をつけて訂正したのだが、「その真意は?」と聞かれて「言葉足らずでした」と弁明するよくある喜劇的やりとりだ。なら・・・ほらやった!・・・であるなら最初から言わなければ良かったのに、といってももう遅いことになる。そこに働いているのは「立場」の問題であり「わきまえ」が大事だというお決まりがある。「決まりがある」と言わず「お」を付けた用心深さが大事なのだ。「そんなこと言ってたら」となって尻を捲りだしたら、お先真っ暗となり果てる。 「禁句」を問題にしたくない。それじゃあ言論も政治もあったもんじゃない。 世間で冗談に「それは、禁句よ」と言っているうちが華である。 政治と宗教の話はするなと言うのは、酒の入った席で長年培った処世術である。案外当たっているし、当たってもいない。微妙なところだ。言うだけ言ったら、書くだけ書いたら、闇にに葬れ!・・・その方が良いかも知れない。 酒の席でもみっともないものは、みっともない。本人は酔ってて覚えていないかもしれないが、周りはしっかり覚えている。 要は残るものには気を付けた方が良いということなのだろう。「犬のウンチ」だってそうだ。外に残していたら、「良識」を云々される。 言いたいことは言いたいし、書きたいことやっぱり書きたいんだ。 でも、「気を付けなさい」という苦労に苦労を重ねた優しいお婆ちゃんの知恵って大事なことかも知れない。 言い忘れた。 白川静は男である。お婆ちゃんじゃない。お爺ちゃんである。
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